2007年12月31日

コメントを下さった方々へ

たいした説明書きもなく更新を一時停止し、申し訳ございませんでした。

折角コメントを下さった方々への返信が遅れてしまったことをお詫びさせていただきます。

2007年10月24日

ポーション尋ねて3里

前回(FF12)は通常版のポーションを2本しか確保できなかったので、今回こそは…。

»ポーション入手?

2007年10月17日

時代にそぐわない速度規制が事故を招く

道路の速度規制が改訂される事は稀です。また、高速道路などの一部の道路を除き、気象や路面の状況によって規制速度をきりかえる事も稀です。

一方、自動車の性能は年々向上しています。

しばしば、100km/hから停止するには100mかかると言われます。高速道路には車間距離を100mとる容認との標識がありますが、この根拠も先の制動距離から算出されたのでしょう。 しかし、現代の乗用車の制動距離は50m未満。 絶対的な制動距離だけでなく、ABS等の機構によって自動車が通常とは異なる挙動を示す事も少なくなっています。 ですから、プロのドライバー以外の人にとっては、制動距離が縮まった以上に安全性は増しているといえるでしょう。

これほどに自動車が進化したのですから、数十年前の規制速度ないし法定速度は改訂されて然る可き存在です。

また、気象や路面の状況によって安全な速度も変化します。 状況は刻々と変化するため、臨機応変に適切な速度規制をかける事は難しいかもしれません。 それなら、晴天かつ乾燥路における多少のの速度超過等は警察官が臨機応変に対応すればよいでしょう。

しかし、最も速度超過が問題にならないであろう晴天の乾燥路において、実際には取締りは行われている様に思えます。 その上、通学路等の危険箇所において取締りを行っている事も、あまり見られない様に思えます。 また、定期的に発生する暴走族の取り締まりが行われないことも。

これでは、捕まったなら運が悪いと感じても、仕方ありません。

恒常的に道交法違反を行う事は、道交法違反に対しての問題意識を欠如させる事につながります。 もし、警察官があらゆる道交法違反を取り締まるなら、道交法違反に対する意識も多少は変わるかもしれません。しかし、

などは、取り締まりません。 速度超過は、一概に問題があるとは言えません。不要な速度規制は、渋滞を招いたり、ドライバーの集中力の低下を招いたりします。しかし、先に挙げた違反は百害あって一利なし。

円滑な交通を妨げるだけでなく、事故を誘発します。

それにもかかわらず、取り締まらない。

私は、速度規制が不要などとは考えていません。ドライバーが予測し難い環境の変化がおこる場所(舗装状態の急激な変化、急なカーブ、トンネルなどによる天候の急変、通学路など)では、速度規制を行わねばならないでしょう。ドライバーは予測し難い事象を考慮して運転できないからです。 飲酒運転なども然り。飲酒したドライバーは、判断力の低下により予測力が大幅に低下しているにもかかわらず、自覚がないのですから。

しかし、不条理な速度規制が横行すれば、狼少年よろしく必要な規制まで軽視されてしまいます。

一般道における法定最高速度は60km/hです。速度規制がない限り、これが最高速度となります。

1車線しかない狭い路地では、最高速度を指定する標識乃至表示がない事は珍しくありません。 この様な道路では、夜間であろうと路面が凍結していようと、60km/hで走行する事が許されてします。 しかし、多くのドライバーは法定速度を大きく下回る速度で走行しているでしょう。

大半のドライバーは、事故をおこそうと考えて運転しません。ですから、自分の技量や周囲の状況から算出した速度を上回って走行しません。 また、一時停止の標識がない有線道路を通行しているとしても、見通しの悪い道では念入りに安全確認するドライバーは決して少なくないでしょう。 もちろん、無謀な運転をするドライバーもいます。しかし、その様なドライバーに現在の速度規制が有効かは疑問です。 (例えば、暴走族は規制を気にしないでしょうし、交通機動隊も暴走族の取締りには積極的でありません。)

安全な道路の規制速度を高くする一方、危険な道路の規制速度の低下及び厳罰化を行わないのは、怠慢としか表現できません。

合図不履行

針路変更なら3秒前、右左折及び転回ならば右左折転回地点から30m手間の地点に達した時点で、合図をしなければなりません。 交差点内に入ってからウィンカーを出す自動車は数多くいますが、この行為は違反です。

他の車両に追いつかれた車両の義務違反

車両(乗合自動車及びトロリーバスを除く。)は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、最高速度が高い車両に追いつかれ、かつ、 道路の中央(当該道路が一方通行となつているときは、当該道路の右側端。以下この項において同じ。) との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合においては、第十八条第一項の規定にかかわらず、 できる限り道路の左側端に寄つてこれに進路を譲らなければならない。 最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、 その追いついた車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするときも、同様とする。

よって、後方に車両がいるにもかかわらず進路を譲らずにマイペースを保つ事は法律違反です。

通行区分違反

自動車道などで見られる追い越し車線は、あくまでも追越しをするためのものです。 ですから、追越が終わり次第速やかに走行車線に戻らねばなりません。

トヨタバッシングの根拠であるリコール率と故障率の関係

最近、富士スピードウェイの件もあってか、トヨタが(珍しく?)バッシングされているようです。 どうやら、リコール率が100%を超えている事が火種となったようで。

確かに、そのリコール率は好ましいものではないでしょう。しかし、リコール率は故障率ではありません。 改修のためにディーラーへ自動車を持ち込まねばならないのは面倒ですが、リコール率が高いだけでは危険な車ともいえません。 リコールとは、危険因子を排除するものです。

事実、トヨタ車は世界トップレベルの品質を誇ります。 2007年度自動車耐久品質調査において、 レクサスは1位、トヨタブランドは7位と、いずれも業界標準値を大きく上回っています。 また、2007年度自動車初期品質調査においても、 レクサスは2位、トヨタブランドは7位と、素晴らしい結果を残しています。

この調査結果を見る限り、トヨタ車はリコール率が高くとも故障しにくいと考えられます。 他の年度の調査結果からもわかるとおり、トヨタの品質調査に於ける成績は上位を維持し続けています。

日産やスズキはコンスタントに業界標準を割り続けているのですから、いくらトヨタのリコール率が高かったとて、トヨタ車の品質を叩くのには違和感を感じます。

余談ですが、アメリカ車は故障しやすいなどと未だに考えられている節があるように感じますが、 業界標準値を上回っているアメリカ車は数多くあります。また、アメリカ車がとりわけ燃費が悪いという事もありません。 アメリカ車といえども欧州車のバッジを付けて販売されているものは数多くあります。 オペル、サーブ、ジャガー、ボルボといったヨーロッパ車は、アメリカの血が流れています。 バッジを変えたら燃費が悪くなったり故障するという事もないでしょう。

それならどうしてアメリカの自動車産業が今の惨状になったのかというと…まぁ、その、イメージと近眼の株傀儡って恐いものなんです。

2007年09月30日

CCFF7のFAQ(暫定版)

以下の文章には、クライシスコア ファイナルファンタジーVIIのネタバレが含まれています。 また、明示されていない内容に関しては、推測で書かれています。

バカリンゴを手にしたザックスは、よし 一緒に食おう! 本物じゃなくて悪いけどなと言っていたが、何が本物でないのか。

バノーラ村は、神羅によって証拠隠滅のために空爆されました。そのときのムービーでは、木になっていたバノーラ・ホワイトも燃えていました。 ザックスは、ジェネシスが誇りに思っていた彼の家のバノーラ・ホワイトの木も消失したと考えたでしょう。 ですから、ザックスが手にしていたバカリンゴはジェネシスのバカリンゴではなく、 ジェネシスやアンジールにとっての象徴的意味を持たないバカリンゴであったと考えられます。

ただ、空爆後のバノーラを見る限り、ジェネシス家のバカリンゴの木は家と共に燃え残っている可能性があります。 空爆後のバノーラには遠くにバカリンゴの木がありますが、形状と位置からジェネシス家のものと推測する事が可能です。

もしかしたら、木は同じであっても、ジェネシスが育てていないという事かもしれません。

ジェノバ・プロジェクト・Sとジェノバ・プロジェクト・Gの違い

ジェノバ・プロジェクト・Sは、FF7オリジナルにおけるジェノバプロジェクトの事で、胎児にジェノバ因子を埋め込むもの。 ジェノバ・プロジェクト・Gは、間接的にジェノバ因子を埋め込むもの。 ジリアンの体内にはジェノバ因子が埋め込まれたが、ジリアンの因子を埋め込まれたのがジェネシスであり、ジリアンが孕んだ子がアンジールです。

セフィロスはどうしてジェノバを古代種と勘違いしたのか

ジェネシスは、ジェノバの事を2000年前の地層から発見されたモンスターだとセフィロスに告げました。 セフィロスは、古代種をモンスターと表現したのだと解釈したのかもしれません(苦しい解釈ですが…)。

ラザードの大いなる目的とは

スラムの女性や家宅捜索を行っている神羅兵の話から、ラザードがプレジデント神羅の庶子であったことや副社長の座に就けなかったことが暗示されます。 しかし、嫡子が庶子よりも優先的に会社を継ぐことはめずらしくありません。嫡子と庶子でなくとも、長男と次男であれば同様の結果となるでしょう。

庶子であった彼の待遇がどのようであったかは定かではありませんが、それに関する復讐であるなら、大いなる目的という言葉に相応しくないでしょう FF7オリジナルのバレット率いるアバランチよろしく復讐を正当化するため、神羅の『ゆがみ』の是正を建前としたのかもしれません。

バノーラ・ホワイトが育つ土壌の秘密

バノーラの最大の特徴は、魔晄が豊富である事。 ニブルヘイムやゴンガガなどの魔晄炉が建設されている地域でも、魔晄が自然に噴出してはいないので、他の地域と比べても極めて魔晄が豊富なのでしょう。 バノーラ・ホワイトが育つ要因も、そこにあるのかもしれません。

2007年09月19日

CCFF7のミニ感想

1週目が終わったので、ちょろっと感想でも。発売間もないので、ネタバレは殆どなしのミニ感想ということで。

FF7ファンとして安心したのは、オリジナルのFF7を改変していなかった事。 ラストオーダーのような事はありませんでした。セフィロスは本編で垣間見られた性格どおりですし、ザックスは女の子が大好きですし、妙に考えをめぐらすこともありません。 ティファとクラウドがKH2の様に変なタイミングで現れる事もなく(笑)。 シナリオも、きれいにFF7と繋がっていました。FF7やFF7ACの演出を助ける演出も数多くあった事には、ただただ驚くばかり。

そして、何よりも印象的なのはエンディング。 既に決定されたエンディングをどうやって印象深いものにするのか発売前には気になっていたのですけれど、これほどまでに衝撃的なものに仕立て上げるとは全く予想できませんでした。

ゲームのインタラクティブ性を初めとする様々な手法の演出が凝縮されていて、これまでのFFで最も衝撃的なエンディングとなっているように感じました。 何せ、強烈すぎて何日間も余韻が抜けませんでしたから。別に、冗談でもなんでもなく、言葉では表せない強烈なインパクトがありました。

製作者は希望の残るエンディングに仕立てたと仰っていましたが、確かに希望はあります。 でも、希望があるからこそ、主人公が前向きではあるものの決して自己犠牲を美徳とするような人ではなかったからこそ、強烈なコントラストが生まれる事によりインパクトがあったのでしょうね。

バトルに関してはKH式とATBの中間といったところで、ドッジロールもどきに慣れてしまうと楽に進めます。 とはいえ、全てが回避できるわけではないですし、ドッジロールもどきが上手でなければ進めないわけでもなく、なかなかのさじ加減でした。 バトルのたびに画面が切り替わる事もなく、PS2世代の処理能力に合わせた快適にマップを移動できました。

カメラの視点は、左右のみで上下がない事は残念でしたが、引き気味の視点であった事もあり、それによって困る事はそうそうありません。 カメラ酔いを防ぐためか狭いところではカメラの視点が制限されていたのは少々残念。 途中で敵兵に見つからぬように移動するイベントがあるのですが、そのシーンではカメラの角度制限がネックになっていました。

ジャンプができない事も初めは残念に感じましたが、プレーしているうちに全く気にならなくなりました。 FF10-2やDCFF7では気になったのですけど。念入りな調整により、ジャンプなしでも爽快感が保たれていたのかもしれません。

シナリオがらみで笑ってしまったのは、ジェネシスとloveless。 シナリオには結構絡んでいるはずなのですが、なんだか真面目に見られなくて…。 ジェネシスは一人だけ浮いているので、どうしても道化(以下略)。

ちょっとネタバレになりますけど、lovelessにジリアンやジェノバ(or魔晄)が関係しているような気が…。 そして、ヴェルサスのPVを思い出してしまったのは自分だけかな?

ま、とにかく、エンディングは凄いです。冗談ではなく、本当に凄いです。そして、本当に衝撃的なのでエンディングを迎えて数日以内に集中力を要する予定が入らないように気をつけたほうがよいかと(真顔)。 テンションが下がっただけでなく胃にモロにきた人がここにいますので。多分、プレー前の自分にこんなこと言っても信じないだろうなぁ。

P.S.アンジールが予想以上にかっこいい。そして、ホランダーの動きがFF8のシド学園長みたい。あと、バカリンゴがサントリーから発売されるんじゃないかな。

2007年09月05日

竹島問題はレクサスにまで飛び火

最近レクサスLS460に装着されたカーナビからおかしな点が発見されました。カーナビの地図上に「独島(日本名竹島)」という地名が表示されていない点です。地名検索で「独島」と入力すれば、独島のような形をした二つの島が地図に現れます。しかし、その島に「独島」という地名は表示されていませんでした。地名がないので、ここが独島なのか、それとも日本の一部の政治家らが主張する「竹島」なのか区別がつきません。

(中略)

今回の件をめぐり、トヨタが日本の政治的立場と韓国の消費者の間で、どっちつかずの姿勢をとっているのではないかという指摘が出ています。しかし、これはグローバル企業の姿勢ではないという指摘もあります。これに対し、トヨタは「速やかにカーナビを修正する」と表明しました。できる限り速やかな修正を期待します。

この様に、韓国からトヨタに対して独島と表示するようにプレッシャーがかけられたので、実際に書き換えるようです。

自動車関連のサイトには、「レクサス不買運動」から「レクサスはカーナビを早く修正すべきだ」というものまで、実に多様な意見が寄せられました。

(中略)

問題の本質は、日本企業であるトヨタがレクサス LS460に装着するカーナビを製作する過程で、地図上に独島のような形をした島だけを描き、“独島”の地名を表示しなかったことです。そのため、この島が独島なのか、あるいは日本の一部政治家が主張する竹島なのかがはっきりとしません。

また、韓国全体を表示する地図(小縮尺地図)に独島が表示されていないことも問題です。これは韓国で製作・販売されているカーナビや、そのカーナビを装着したほかの輸入車では「独島」という地名が鮮明に表示されているのに比べ、明らかな差があります。

(中略)

一歩遅く事態の深刻さに気付いた韓国トヨタは、レクサスLS460のカーナビに「独島」の地名がきちんと表示されていないことを認めました。韓国トヨタは「6カ月後にアップグレード(改善)するカーナビ用電子地図に、独島の地名をきちんと表示するよう日本本社に要請した。新しい電子地図(DVD)が用意でき次第、ユーザーに配布する」と発表

トヨタとしては、独島と表示したなら日本人から睨まれますし、竹島と表示したなら韓国人から睨まれるので表示を消すに至ったのでしょうけど、どうやら面倒な事になってしまったようです。独島と書き換えれば韓国側からはクレームがなくなるでしょうけど、日本からのそれは大丈夫なんでしょうかねぇ。

やっぱり、韓国市場は面倒ですね。

パナソニックはプラズマテレビの終焉を覚悟しているのかもしれない

松下のビジュアル製品&ディスプレイデバイスプランニングを担当するヒロ・ワダ氏は、プラズマは中期的に、37インチ以上の大型フラットスクリーンテレビ市場で30%以上のシェアを維持できると信じていると語った。 あらあら、まだ望みは捨てていないんですね。

フルHDの威力が発揮できるのは、50インチ以上に限る なんて言っていたのですが、 これまで松下電器産業は「37型以上はPDP,32型以下は液晶」と宣言し,それに従ってラインアップの拡充を図ってきた。今回,これまでの宣言を撤回して37型の液晶テレビを発売した理由について,同社は次のように説明する。「これまでは37型以上を『大画面市場』と位置付け,PDPで対応してきた。この大画面市場の中では特に42型の販売が好調で,37型の市場はそれに比べると小さい。しかも,37型市場は『コモディティ化』し始めている。この37型の市場に対して,これからフルHDのPDPを開発する工数や,需要に対してPDPの生産枚数が不足気味の現状を考えると,37型のフルHD品については,液晶パネルを調達した方が良いと判断した。技術的に37型フルHDのPDPの実現が難しかったり,液晶に対してコスト競争力に劣ったりするわけではない」。 ということで、37インチにまでフルHD化が進行しました。しかも、PDPではなくLCDで実現しているあたりが悲壮感を強調しておりますなぁ。

今回松下電器は,42型以上を「大画面市場」と定義したわけだが,「大画面市場の線引きは今後変わる可能性があるし,そうあってほしい」(同社)とした。ただし,「42型以上の市場に対して,液晶テレビを投入する考えはない」(同社)と断言した。 この断言の賞味期限は何ヶ月ほどなのか、気になります。

そして、 われわれは楽観的だ。プラズマにはファンがついている との事ですけど、PDPにはファンがいるといっても、画質で評価している人はパイオニアしか買わないんじゃないかな。 まぁ、パナソニックは他者を散々誹謗中傷したするだけで、品質的には地を這っていますし、同じPDP陣営であるパイオニアにも品質的に負けている惨状ですので、一部のファンに望みを託すより他ないといった状況なんでしょうけど。 今までマーケティングでどうにか凌いできたツケが回ってきたんでしょうね。

余談ですが、引用もとの記事のタイトルが「プラズマの死」宣告は早すぎるなんですよね。 死の宣告が早すぎるという表現は、葬送の延期に過ぎない事を意味しているみたいですね。

2007年09月03日

タイムマシンが存在する世界に於ける因果律と現象

過去は変えられないよ。 変えられないというよりは、変わる事も織り込み済みと表現するべきではないだろうか。 いや、変わってしまったら一つの解しか残らないともいえるかもしれない。

もし、過去を変えてしまったら、1つの時間に2つの状況がある事となるので、それは成立し得ない。 つまり、1つの時間には1つの状況となる解のみが成立し、歴史として刻まれるという事。 仮にその解の導出過程において紆余曲折があったとて、それは導出するための手法に過ぎず、外界から観測され得ない。

ここで注意せねばならないのは、通常の因果律が成立しない事。通常の因果律は、時間の流れが逆行しない事により成立している。 よって、通常の因果律を満たさない解であろうとも、成立しうるという事。 例えば、過去の干渉により未来の事象が影響されるが、その影響された未来の事象により過去の事象が影響され、先の過去からの干渉が発生したとしても問題ない。 一見、鶏と卵のようにこのループを開始する要因が存在しないために矛盾に見えるが、時間を遡れる以上、ループを開始する要因に辿り着けなくとも問題ない。 1つの時間に1つの状況しか成立していない解なので、時間軸が遡れるという仮定を認める限り、科学的な矛盾は一切生じていない。

むしろ、ループを開始する要因が存在するほうが問題である。 ループの開始が存在するという事は、ループの開始前と開始後とが存在する事になるが、それは紛れもなく新たな時間軸の存在を仮定している。 この問題では、時間が遡れるという仮定以外は、物理学に則らなければならない。 よって、新たな時間軸のような現代物理学に存在しないものを仮定しなければならない説は、仮定からして間違っているので切り捨てられて然る可きものであろう。

余談だが、タイムマシーンとセットでパラレルワールドが語られるが、タイムマシンの存在を仮定しただけでは、パラレルワールドが存在する事にはならない。 パラレルワールド説をとる場合、パラレルワールドの存在も仮定せねばならない。 また、パラレルワールドを使わなくとも、親殺しのパラドックスは回避できる。 親殺しのパラドックスの様な解は存在し得ないとすれば、パラドックスにはならない。 なぜ存在しないかといえば、1つの時刻に親が生きている状態と死んでいる状態が存在してしまうため、それは成立し得ない。 もし成立するなら、親が殺される前と親が殺された後という時間の流れが存在してしまうが、それは新たな時間軸を生じる事となり、新たな仮定がなければ成立し得ない。

リクの魂の行方

君の心は闇に打ち勝った。でも身体は取り戻せなかった。だから、奪われた心が集められたこの闇の側に――心だけが取り残されたんだ。

リクの身体は、ゼアノートのハートレスに奪われた。一方、心は取り戻したので、心は闇の世界に取り残されたと。 謎の声によると、リクの身体と心は切り離されたしまった事になる。 もし、身体に魂も残っていたなら、アンセムはリクのノーバディを制御しているという事だろうか。然為れば、闇の側にいたリクはハートレスのような状況となるだろう。 身体に魂が残っていなかったなら、賢者アンセムも知らなかった新たな存在ということか。身体のみの存在も、心と魂の複合的な存在も作中では説明されていない。

だが自らの意思で心を肉体から解き放った者は? ソラとゼアノートは、ハートレスと化しても自我を保っていた。 との事だが、心から肉体を引き離されたリクはどのような存在であったのだろう。 心だけであったにせよ、心と魂が切り離されていなかったにせよ、リクは自我を保っていた。

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