2007年06月03日

真の学力と不思議な教育

日本人の学力低下が問題とされて久しい。それにより、学校教育の見直しが幾度も行われてきた。学業に費やすべき時間も、学ぶべき事情も、変更されてきた。

“ゆとり”などと称して、学業に励むべき時間を教員におべっかを使う事に割かせる事もあった。出る杭は打ち、低いレベルに合わせる事で、全体のレベルを平均化する事もあった。

これだけ問題にされているにもかかわらず、忘れ去られている事がある。

物理学や数学などの理系科目の多くは、暗記や算数力が意味をもたない。円周率は3.14、運動エネルギーは(1/2)mv^2等と習う。重力による位置エネルギーはmghらしい。計算をする場合、それらの公式に代入すれば、答えはでる。

しかし、計算するだけであれば、小学生でもできる。四則計算は、物理学ではなく算数だ。円周率など覚えなくとも、調べればわかる。そんなものを覚えて何になるのだろう。

もし、4桁の加減乗除が暗算で行える超人がいるとしよう。彼は、頭がよいとほめたたえられるだろうし、入試にも有利だろう。しかし、そんな事は電卓でもできる。見世物としての価値を除けば、キヨスクのオバチャンにでもならぬ限り、それ自体は100ショップの電卓ほとだ。

一般的に、アインシュタインは頭が良いとされるのではないだろうか。しかし、彼は抜群の記憶力を誇っていたわけでなければ、素晴らしい学歴によって素晴らしい就職を果たしたわけでもない。もし、学校教育でよい成績をおさめる事が偉業に繋るなら、ノーベル賞の選考では特定の大学を主席で卒業した人の研究しか対象とされないだろう。

何がアインシュタインの様な偉業を成し遂げるのかといえば、考える事だ。考える事は、人間しかできない。単純な計算や暗記などは機械の方が優れているのだから、人間がするべき仕事ではない。暗記した事を基に考える事は人間にしかできない事は言うまでもないが…。しかし、先に挙げた学問は、基礎となる原理を発見し、それらから様々な公式を導きだすものであり、丸暗記するものではない。先に挙げた運動エネルギーや位置エネルギーの法則も、より基本的な原理から導きだしたにすぎない。円周率も、論理的に導かれた計算の結果に過ぎない。それを丸暗記する事は、二桁の九九を覚えるに等しいのではないだろうか。

それにもかかわらず、それらが教えられ、それらを入試は試す。そのため、入試は学力ではなく努力、愚直さ及び暗記力試験になっている。いくら頭が良くとも、努力が欠ければ素晴らしい功績を残す事は難しいだろうが、努力に記憶力だけでも難しい。

思考力も考えられた学校教育は、いつの日か為されるのだろうか。そのためには、暗記力を学力とみなす政治屋のオジサンが変わらねばならないだろうが。

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